JGF2010でアラン・ソルハイム氏にインタビューしてきました。



今回のJGFには、ピンの創業者カーステン・ソルハイム氏の次男であり、
初代アンサーアイアン(1967年発売)の設計者でもある、
「アラン・ソルハイム」氏が来日されていました。

こんな機会は滅多に無いので、早速英語の堪能な安齋さんにお願いして、
昔のピンのお話を色々聞かせていただくことにしました。
(質問してもらいました)



たとえば、一番最初の試作アイアン(写真左側のアイアン)と、
市販されたモデルとしては最古のモデルである「69(写真右上のアイアン)」ですが、
これらのみ2つのキャビティが彫られているのはなぜか?
ということを質問してもらいました。

すると、
「当時の技術で大きいキャビティを作ると強度が足りなかったからだよ」
と実にシンプルな回答が。
以前から何でだろうな〜と思っていたんですが、あっさりと謎が解けてしまいました。
次のモデルである「68」や初代アンサーアイアンではキャビティが1つになっているので、
素材の加工技術も徐々に上がっていったのかもしれません。


また、69や68は当時100セットほど作って販売したようなのですが、
作った数よりも遥かに多い注文が来てしまい、
当時の軟鉄鍛造技術では数をこなすのがどうにも大変、
なら大量生産が可能なステンレス鋳造ならどうかと考え、
「カーステン1」が生まれたそうです。


以前の記事より「カーステン4」。こちらは軟鉄鍛造ではなくステンレス鋳造です)

また、管理人は今まで、カーステン1やEYE2等の
キャビティアイアンは1-Aと同じ発想から生まれたと思っていましたが、
実はアンサーアイアンはテニスラケットの形から重量を周辺に配分することを
インスパイアされたそうです。これは全くの初耳だったのでとても驚きました。

その他にも一緒に記念写真を撮っていただいたり、
日本で今回「アンサー」の名前を冠したアイアンを発売するに至った理由など、
さまざまなことを聞かせていただきました。
これらについても時間を見てまとめてみたいなと思っています。

本当に色々と珍しいお話を聞くことができて、
これだけでもJGFに参加した甲斐がありました。
最後に、アランさんと社長のツーショット写真をどうぞ。


左がアランさん。こちらの面倒な質問にも大変丁寧に答えていただきました。
それにしても、カーステンさんにそっくりな気がします。



こちらは「初代の」アンサーアイアン。
写真で6番アイアンなどは見たことがありますが、
ウェッジ(PWとSWがありました)を見たのは初めてでした。
非常に貴重なショットです。

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